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優先席

優先席とは、道徳の敗北である。

 

優先席の設置を良しとすること自体が、日本人が道徳的にまだまだ至らぬ身であることを示している。ひいては優先席の設置を「先進的だ」と言うような人は、もう道徳における敗北を諦観しているのだろう。道徳を軽視してもいるに違いない。

 

優先席が置かれた意味は大きい。

長年にわたって儒教を始めとする思想が担ってきた道徳的拘束力は薄れ、優先するべきだという社会からの圧力と規律による義務感が重きをなすことになったのだ。

優先席の設置により、事実上、その席は譲らなければならない席となったのだ。譲らなければならないから譲るのである。譲られる側も、譲らなければならない席だから譲られているのである。当人達の心情はどうあれ、少なくとも外から見ればそういうこととなる。

 

さらに憎むべきは、優先席の設置によって優先席以外では優先する必要がなくなったことである。

優先するべき席を限定したことで、その席は他の席と隔てられた座席となった。したがってその席は優先するべき特別な席となり、他の席は優先しなくてもよい特別な席となった。

「優先席」を設置することで「非優先席」が設置されたのだ。

相手が高齢者であろうと、妊婦であろうと、身体に障害のある人であろうと、優先しなくてもよい席が設置されたということである。これまでは全ての座席が優先するべき席であったというのに。

 

したがって、優先席とは道徳の敗北である。

 

 

 

 

 

 

というのを電車に乗ってて感じましたとさ。